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2015年6月30日 (火)

東京圏の高齢者に地方移住をすすめるのは大きなお世話だ

 あっというまに、今日で今年の前半が終わり。
 ブログの更新、また3か月半もサボっておりました。
 この間、子どもの小学校入学、PTAクラス委員立候補&就任、参観、運動会、個人懇談など、怒涛のように過ぎていきました。

 一学期も残り3週間となり、ようやく、新しいタイムスケジュールに慣れてきて、しかも今日は第5週なので子供の水泳がお休み(*^_^*)
 頭の中であれこれ考えていたネタから、時事問題と自分の個人的な事情がリンクしたネタをとりあげたいと思います。
 

 去る6月4日、日本創生会議 首都圏問題検討分科会 が発表した「東京圏高齢化危機回避戦略」の中で、「2025年以降、東京圏で介護施設が不足するから、高齢者の地方移住をすすめよう」と発表し、ご丁寧に医療介護体制が整っている41圏域まで提示しました。

http://www.policycouncil.jp/pdf/prop04/prop04.pdf
概要版はこちら http://www.policycouncil.jp/pdf/prop04/prop04_digest.pdf

 この中で高齢者の移住先にすすめられている圏域には、私が今住んでいる岡山市、以前住んでいた倉吉市のお隣の鳥取市、親戚が住んでいる別府市が含まれております。
 そして、今年は東京都区部に在住の父が、東京都内の有料老人ホームへ引っ越すというプロジェクトが進行中であり、東京都より急速に高齢化が進むとされた神奈川県には義母が一人で住んでいます。考えれば考えるほど他人事とは思えません。

 現代版「姥捨て山」などと騒がれた記事ですが、実際にはⅢ.東京圏の高齢化問題にどのように対応すべきか という章でまとめられた4つの対応策の一つです。
1.医療介護サービスの「人材依存度」を引き下げる構造改革を進める
   (ICT,ロボットの活用、マルチタスク対応の人材育成)
2.地域医療介護体制の整備と高齢者の集住化を一体的に促進する
   (空き家の活用、いわゆるコンパクトシティ)
3.この問題への対応には、一都三県の連携・広域対応が不可欠である
   (一都三県と指定都市《横浜市、川崎 市、千葉市、さいたま市、相模原市》をはじめとする圏域内の地方自治体の連携)
4.東京圏の高齢者が希望に沿って地方へ移住できるようにする
   (「日本版CCRC構想」)

 1.~3.は言わずもがなですね。
 15年ほど前に東京の都立墨東病院で働いていたとき、慢性疾患を抱えて自宅療養が難しい方は、茨城県などの病院にお願いしていました。東京都内の生活保護の高齢者を受け入れていた群馬県内の老人施設で火災が起きたことも記憶に新しい。
 公的な医療や福祉は「統制価格」で全国一律ですから、土地代や人件費がかさむ東京圏で相対的にリソースが不足するのは当然のことなのです。
 しかし、「安い入院医療」が超高齢化の先にある「死」の問題を先送りしてきたように思います。

 
 下町に位置するの都立墨東病院は、私が働いていたときは100万人以上の人口の中の唯一の総合病院でした。
 呼吸器内科の外来にも、様々な患者さんが受診されましたが、そのまま入院できる方はほんの一握り。我々はひそかに(医療費が高くて入院できない)「米国並みで、死にそうじゃないと入院させてもらえない」って言っていました。
 気胸で脱気が必要な患者さんも、軽症であれば外来で処置して、数日ごとに通院で処置。肺炎の患者さんも、元気なら飲み薬で通院治療。
 仕事をしていて入院したくない患者さんには喜ばれましたが、やむなく他院へ転送した患者さんの中には恨めしく思われた方もいらっしゃったでしょう。

 9年前に鳥取県に引っ越して、80床ほどの病院で働き始めた時、急性期病院であるにもかかわらず、何年も入院している患者さんがいるのに驚きました。全く動くことも、食べることもかなわず、高カロリー輸液もしくは経管栄養で生かされている方々。
 その後医療費の仕組みが変わったのか、そういった方は一定期間後に転院されることが通例となりましたが、慢性期病床の場合は医療区分が高いほど報酬が高いため、高カロリー輸液の患者さんの方が受け入れ先を見つけやすい。まさに、供給が医療の需要を生んでいる状態です。

 さらにさかのぼって、30年前の夏。一緒に住んでいた父方の祖母が脳梗塞で倒れました。かかりつけの慶応大学病院は満床で、新宿の病院へ入院しました。数日間点滴をしただけで、特にリハビリも無く、「やることがないから退院しろ」と迫られ、自宅へ連れて帰りました。
 祖母の居室に介護ベッドを入れ、心臓病のある母の負担を軽くするために、住込みの家政婦さんを頼みました。
 近所の皮膚科の先生が、自転車に乗って往診して、祖母の膀胱に留置された管を入れ替えて下さいました。まだ、訪問看護や介護保険の無かった時代の話です。

 祖母は翌年の一月に自宅で息を引き取ったのですが、前夜まで口から食事を摂り、会話もしていました。
 以前の記事にも書きましたが、おそらく誤嚥をして苦しかったのでしょう。最後のころは食が細りました。食事介助しながら、「おばぁちゃん、何で食べないの?」と問うた私に、澄んだ目を向けて「あんまり長生きするとパパやみんなが困るだろう?」と答えた祖母。もし、今のように高齢者に手厚い医療体制があれば、病院へ連れて行って点滴を受けさせたのだろうか?

 答えは否、と思います。
 祖母は医者嫌いで、タバコをすぱすぱ吸い、高血圧も放置し、朝から牛肉のバター焼きを食べるような人でした。人の世話になるのも嫌いで、足の動脈硬化で痛んで歩けなくなると、大学病院の先生に泣き付いて無理やり手術してもらうような人でした。(いわゆる、困った患者ですね。)
 その祖母を、再び点滴するだけの病院に送り返すのは、家族としても忍びなかったと思うのです。

 実は、父が今も住む都内の自宅周辺は病院は多くありません。
 母が晩年自宅療養していたしていた時も、急変時入院先の確保には苦労しました。
 往診に来て下さっていた先生が、「一時間以上電話をかけ続けても、入院できる病院が見つからず、やむなく家族に救急車を要請してもらったこともあります。」とおっしゃっていました。(私も、前述の墨東病院にいた時、転送先の確保には苦労していたので、よーくわかります。)
 夜間、母が自宅で倒れた時、かかりつけの三井記念病院まで搬送していただけず、新宿の大学病院の救急救命センターに一晩お世話になったこともあります。
 最期の一週間は、頼みの三井記念が移転準備のために受け入れ不可能でしたが、往診していたクリニックとの連携で中野の警察病院でお世話になりました。
姉は近くにいるものの、一人暮らしの父。具合が悪くなったとき、介護のために意に染まぬ入院をしたりせず、できるかぎり自分らしい生活を送ってほしいと思い、数年前から老人ホーム探しにつきあってきました。
 介護付き高齢者マンションや、有料老人ホームなど、やはり東京ならではのしっかりした施設が沢山あります。施設で看取りも対応しています。
 「医療介護が整っている」ことと「それを望んで受けている」こととは同義でないように思います。


 かつて、某知事が「断らない救急」を「東京ルール」と称しましたが、別の意味での「東京ルール」を、望んで大都会で生活している者達で構築していくチャンスだと思うのです。
 「元気なうちに畑をしたい」「趣味に打ち込むのにスペースが欲しい」などの理由で地方に移住されるのはOKですが、医療介護を受けるために高齢者の移住を促進、なんて余計なお世話だと思うのです!
 
 
 
 
 

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