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2012年10月15日 (月)

「風花病棟」帚木蓬生 を読んで

 帚木(ははきぎ)蓬生(ほうせい)さん。

 ・1947年 福岡県生まれ
 ・東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職して九州大学医学部に入学。
 ・精神科医。八幡厚生病院診療部長を経て開業。ギャンブル依存に関する著作あり。
 ・1993年「三たびの海峡」で吉川英治文学新人賞、1995年「閉鎖病棟」で山本周五郎賞、
  1997年「逃亡」で柴田錬三郎賞を受賞。
 ・2008年急性骨髄性白血病に罹患し、半年間の闘病ののち復帰。

 文庫本の著者経歴、あとがき、Wikipedia、インタビュー記事などから抜き出してみました。
 日頃、映画やドラマの原作(映像作品は観ていないことが多い)や知人・家族のおすすめの小説を手に取ることが多い私にとって、全く存じ上げない作家さんでした。たまたま、医師会の新聞で第二次世界大戦の軍医の記録を元に書かれた「蝿の帝国」「蛍の航跡」が第1回日本医療小説大賞を受賞、という記事を読み、何時か読もうと心に留めておきました。「風花病棟」という短編集が、ネットで高評価だったので、手に取ったのでした。1998年から2008年までの間に書かれた10編の短編が納められています。

 著者自身によるあとがきに、この短編集の魅力が凝縮しています。

 映像作品にしろ、小説にしろ、物語の俎上にのせられる医師像は、神の手を持つ天才外科医だったり、金もうけに専心する悪徳医師だったりする。あるいは大学内で権力闘争にあけくれる医師だったりだ。
 だが、実際の医療現場を担うのは、名医でも悪医でもなく、「普通の良医」なのだ。
 私自身、精神科の名医一覧のようなものを眼にするたび。果たして、この人のどこが名医なのだろうかと感じてしまう。表舞台に現れない医師の中に、名医がいるのが現実なのだ。しかしこの良医は、患者にはすぐに見えない。じっくりとつき合わなければ彼らの優れたところは分からない。
 私は短編に、そうした良医を登場させようと思った。
 医学生は、患者が教科書だと繰り返し教えられる。医学書より、まずは目の前の患者から学びとれという訳である。つまり、医師は患者という教科書によって教育されるのだ。良医の多くが、この真実に気がついているはずである。患者のほうからは。この真実は見えにくい。無理もない。医師はどこか取っつきにくい存在であり、自分たちとは違う人種である。
 私は、この領域こそを描きたかったような気がする。

 著者の専門である精神科医だけでなく、内科、研修医、泌尿器科医と様々な科の主人公が登場します。年齢、性別も様々。「雨に濡れて」には乳癌にかかった女医が登場しますが、病を得た医療者に関する欧米の文献を集め造形したそうです。「チチジマ」「震える月」は日本陸軍の軍医の取材過程から生まれたと想像します。
 共通するのは、患者さんに寄り添う姿。最後の「終診」では引退を控えた老開業医が、研修医時代に産婦人科病棟の主任看護婦に言われた「先生、これからも、患者から逃げんで、踏みとどまって、ちゃんと見届けて下さい」という教えを守った半生を振り返ります。
 
あの日、彼女と出会わなければ、違うタイプの医師になっていたかもしれない。いわば見極めの早い医師だ。扱いやすい患者だけを扱い、難しい多訴の患者は遠ざける。手の施しようのない患者は、早々に見限る。そういう医師にはなるまいと努力することができたのは彼女のおかげだった。

 実は、私も卒業後4年目の大学病院での病棟指導時代に苦い経験をしてから、「患者さんが自分の家族だったらどうするか?」と考えて、「逃げず、踏みとどまり、見届ける」を心がけています。
 夜間の救急外来から入院した高齢の腎不全の患者さんを、透析カンファレンスにかけずに転院させたところ、転院先で亡くなったと、ご家族からお電話を叱責の電話をいただいたのです。電話口で娘さんに罵倒されましたが、訴訟は起こされませんでした。おそらく、ご家族も亡くなった転帰自体は仕方がないと思えても、せっかく入院した大学病院で十分な手当てが受けられなかったことが残念で悔しくてならなかったのだと思います。透析カンファで腎臓専門医に白い目で見られても、在院日数が延びようとも、私はその患者さんを「見届ける」べきだったのです。
 不思議なもので、「逃げず、踏みとどまり、見届ける」胆が座ると患者さんにも伝わるのか、トラブルメーカーと恐れられている患者さんでも、相手の言い分を聞きつつ、こちらが提供できる検査や治療についてこんこんと説明すると、納得して帰られることが多いような気がします。
 もちろん必要な時には手遅れにならないうちに専門医を紹介するのですが、<患者が教科書>とともに<逃げず、踏みとどまり、見届ける>も胆に銘じていきたいです。

 この短編集では、患者さんと主治医の会話は福岡県の方言で書かれているようです。さっぱりしているようで、標準語ほどよそよそしくなく、いい感じでした。
 「蝿の帝国」も手元に届きました。特急の車内で編み続けたヘアバンドもようやく完成したので、次回の倉吉往復で読みたいと思います。 

 

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コメント

この本もよかったです。
ありがとうございました。m(_ _)m

もうすでに良医ですが、これからもずっと良医でいてください!
(/ ^^)/アリガトネ

adlerさん、いつもありがとうございます。
adlerさんが最近、ホーチミンとガンジーのことを調べていらっしゃったとは!
ブログに書かれた通り、「震える月」には第二次大戦後のベトナムの歩みが記されていましたね。
優れた小説を読むと、歴史を勉強するよりすんなり頭に入り、残るような気がします。
私が物心ついたときにはベトナム戦争は終わっていて、ベトちゃん、ドクちゃんの報道により枯葉剤の恐ろしさだけ焼きついていたのですが、30年も戦い続け、しかも子供たちの教育まで目を向けていたベトナムの方々の賢さに感嘆しました。

はじめまして。「電網郊外散歩道」というブログを綴っております田舎の中高年です。ラジオの朗読番組で「かがやく」に強い印象を受け、このたびその原作の「風花病棟」を読みました。帚木蓬生さんは、初めて読む作家でしたが、たいへん良かったです。当方、原爆症の父を癌で亡くしておりますので、「普通の良医」の意味と価値がよくわかります。ご感想を、なるほどと納得しながら拝読いたしました。

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